同じ高校の2つ上の先輩と、山梨県の芸術祭で行き合った。それが初対面で、河口湖の方だったので声をかけたんだと思う。
綺麗な女性だった。出品作は彫刻だった。
それで俺がプロデュースした富士吉田の仲間たちとの展覧会に出品依頼をした。
承諾してくれたのは良いが、ハガキの彼女の欄に、オブジェとかいたから、彼女から、全て回収してとクレームが来た。
めんどくさい人だと思った。そんなことから、積極的には河口湖のお宅には行かなかった。
俺の出身は隣の富士吉田市だが、当時は上野原町に住んでいた。
時々、彼女が野天で、作業するのを運転中に見かけては、降りて会いに向かったものだ。
彼女はフランスに単身で住んでいて、実は帰って来ていたのだ。お父さんが、具合が悪かったのかな?
その話はまだ、30代前半のことだ。
何年前だろうか、10年も経っていない!
彼女はフランスで自殺してしまっていた。
きっと気軽に、寄るような男性は俺ぐらいだったのかもしれない。そう考えると責任を感じる感じもする。でも、それが明確にわかっても、何にも出来なかった。
晩年に会った時も、すぐ帰った俺とまだ話したそうだった。
でも、俺は俺を必要としてるなんて、そんな自惚れはないから、普通に話した。
でも、意外に、俺は助けられる能力はあったのかもしれない。ただ、立場にはなかったが。
もう取り返しがつかないことだが。

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