今日は富士吉田に行ってきます。

僕の故郷です。元は吉田という町で、71年前に富士を付けて、富士吉田とし、市になりました。

俺が生まれた年にしになったんで覚えています。

今日は、幼馴染と会って仕事の話です。

富士吉田の話をします。

1951.6.7に富士吉田市で俺は生まれました。教師の父親と、甲府から嫁に来た父親より10歳下の母親から生まれました。

母親がなんで甲府から、富士吉田に嫁に来たかというと、母親の父親の妹が、富士吉田に嫁いでいて、3軒下の父親の実家の息子の、俺の父親の間を取り持ったわけです。

戦争末期で、若い男性が亡くなったり、兵隊になったりで、少なくなっていまして、また、教師だということで、公務員志向のお爺さんが気に入ったんだと思います。

もちろん、富士山の北側で、目の前にでかい富士山があります。標高は800mです。

冬はとても寒い、高原の町です。

富士吉田でも、下吉田仲町というところに生まれました。1282という番地です。

両親は結婚して借家住んでいました。俺の記憶では、俺が記憶にある5歳くらいは戦争が終わって10年でしたから、ちょっと前に、太平洋戦争、日中戦争が終わりました。

でも、戦争の話は、家も近所もしませんでしたね。あんな戦争をして!と反省をしていたんだと思います。

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