俺が子供の頃は、ほとんどの家に水道がなかった。

戦前というのは、水道がない家がほとんどだったんだろうか?ちょっとわからない。

街の1箇所に、水道があり、各々の家にある水道の栓を持って行って水道を開けて、水を汲む。

家には、だから風呂はなく、家族で毎日風呂に行った。中将湯という名の風呂だった。俺は父親の肩車で行っていたから、相当小さかったんだろう。

風呂はまもなく、家に水道が引かれて、檜の風呂が出来た。風呂の焚き付けは、父親がやっていたと思う。

ガスはない。だから、「へっつい」と呼ばれる竈で木を燃料にして、煮炊きをしていた。釜には必ずおこげができていたから、子供同士で、こげの奪い合いだった。

冷蔵庫はないから、野菜、納豆、豆腐、佃煮あたりが毎日だったかもしれない。

今は安い卵は、高かったんだと思う。

肉はたまに買いに行って、魚は売りに来た。

すぐ物が腐るから、食料の貯蔵庫はない。

だから台所は、野菜くらいが転がってるだけだ。漬物もよくやっていたなあ。

本格的な文明開化だ!

コメントを残す