この埼玉伝統工芸会館での最後の展覧会が、終わった。
来年4月に、この施設が道の駅としての体裁を整えるために、この大きなギャラリーがなくなる。
小さなギャラリーは作るかもしれないが、俺がやるかどうかはわからない。
15年続けて、展示の俺の文化は生まれた。2mの作品はここで生まれた。和紙を使うことになったのは、この施設が和紙工房があって、和紙が身近だったことから生まれた。
これから、拠点は川越に移るが、年甲斐もなくまだ、めらめらと燃えている。
百鬼丸の切り絵文化を、まだまだ自慢していきたい。

切り絵・/ペーパークラフト作家 百鬼丸のホームページ
この埼玉伝統工芸会館での最後の展覧会が、終わった。
来年4月に、この施設が道の駅としての体裁を整えるために、この大きなギャラリーがなくなる。
小さなギャラリーは作るかもしれないが、俺がやるかどうかはわからない。
15年続けて、展示の俺の文化は生まれた。2mの作品はここで生まれた。和紙を使うことになったのは、この施設が和紙工房があって、和紙が身近だったことから生まれた。
これから、拠点は川越に移るが、年甲斐もなくまだ、めらめらと燃えている。
百鬼丸の切り絵文化を、まだまだ自慢していきたい。

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