今年変わったことは、頼まれ仕事から、自分で仕掛けて仕事をとることだ。
かなりの分析とアイデアが必要になる。バランスが良くないと、出来ないのかもしれない。
ベースは、絵が売れないことを前提にしている。
これは、切り絵を始めてから一貫している。
どうする家康のキャスティングだ。役者という商売は、「仕事がない」なんていいそうな仕事だ。
それはどんな仕事でも同じだと思うけど、したくない仕事(役)もやることになる。
役者は、自分の言葉で、一人芝居をしていってほしい。そしたら、仕事がないなんて言わない。
客が入るかどうかのリスクがあるが。
そんな業界といえば、新作落語の世界だろう。
新作講談があるなら、それもそうだ。
落語家は、個展を30本くらい持っているらしく、いつでも取り出して話せるという。確かに大変なことだろうと思う。
しかし、その理由に、古典をしないと国から補助金が降りてこない!ってのがあるのかもしれない。それでやってる?
糸操り人形の結城座と仕事をしたことがある。結城孫三郎さんが、うちは古典をしないから補助金が出ないと言っていた。
古典を人によって上手い、下手という人がいる、そこがいいという人がいるが、俺は同じ話を何回も聞きたくはない。新作がいい。
新作を作るのは大変だ。新しいことをすると軋轢もあるのかもしれない。
だから、圓楽一門とか、立川流とか、が出来たりするんだろう。

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