前に、「俺は友達で出来ている」と書いた。
自分がレゴブロックのように、友達からできているなら、その友達が亡くなると、自分を作っているレゴブロックが、欠けることになって、辛く、寂しく感じるという理屈だ。
自分が死ぬと言うことは、自分との別れだ、レゴブロックが全てなくなってしまうことだ。
それはすこぶる寂しいだろう。
でも、それだけのことかと思うと、何とか死を乗り越えられそうな気がする。
この話は座興なのかもしれない。
話は飛ぶが、紙芝居を始めてから、テレビや物語を読むにつけ、それをヒントに紙芝居のアイデアをすぐ考えようとしてしまう。
ああ、小説家はこうした工程を辿って、物語を書くんだろうなと、わかるようになった。

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